映像!音楽!酒!釣り!私の道楽用語集 ~ サイケデリック
精神科医のH・オズモンドが、LSD(1943年スイスの製薬会社によって発見された合成幻覚剤)の大量投与を人格解放療法だとして考案し、これをサイケデリック・セラピーと名付けたのが語源。1963年LSDの虜になってしまった名門ハーバード大学の心理学助手、ティモシー・メアリーは大学を追放され、メキシコにサイケデリック研究センターが建てると、自らサイケデリック運動の教祖として芸術家達へ想像力を高める薬としてLSDを薦めた。しだいにそこへヒッピー達が集まるようになり、あっという間に若者の間にLSDとサイケデリック運動が広まっていった。60年代後半、このヒッピー発祥の地サンフランシスコを中心に、サイケデリック文化は全米を席巻する。アシッド・サウンド、サイケデリック・ロック(アシッド・ロック)もこの時生まれ、相互関連のない複数のモチーフが脈絡なく現れたり、音を異常に歪めたり増幅したりした。また歌詞も内的で破壊的で色彩的、時には意味不明な状態であった。サイケデリック文化の1つとして、ヒッピー/フラワームーブメントがあるが、当時のロックの世界もサウンドのみならず、レコードジャケットなどにもその影響が残されている。また、この時代の真っ只中に開催された、伝説のウッドストックフェスティバルはヒッピー達とロック・アーチスト達の最も象徴的なサイケの祭典であった。代表的アーチストは、グレイトフル・デッド、ジェファーソン・エアプレイン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ドアーズ、クイックシルバー・メッセンジャー・サービス等だが、少なからずこの時代を通過したアーチスト達は一時期アシッド・サウンドを体験している。ビートルズ、クリーム、ピンクフロイド等もそうだ。(HINE)